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青森地方裁判所 昭和30年(ワ)315号 判決 1957年4月11日

原告 窪田完三

右代理人弁護士 小山内績

被告 斎藤堅治

右代理人弁護士 丸岡奥松

主文

一  青森地方法務局所属公証人白瀬潤治郎作成第一七、七三五号債務承認及履行並に信託譲渡担保其他契約公正証書につき、昭和三〇年八月三〇日債権者訴外待寺与四馬の承継人たる被告に対し付与された執行文に基く強制執行を許さない。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  本件につき、昭和三〇年一二月二四日当裁判所がした強制執行停止決定を認可する。

四  前項に限り仮に執行することができる。

事実

一  請求の趣旨

主文第一、二項と同趣旨の判決を求める。

二  請求の原因

(一)  原告は、かねて、訴外待寺与四馬に対し、商品代金債務七二一、六八〇円を負担していたところから、昭和二九年五月二一日、青森地方法務局所属公証人白瀬潤治郎をして、主文第一項掲記の公正証書を作成せしめ、右公正証書において、前記債務を承認し、これに基き強制執行を受くべき旨記載せしめた。

(二)  待寺は、右公正証書の執行力ある正本に基き、昭和三〇年七月二日青森地方裁判所執行吏木村長之助に委任して原告所有の有体動産に対し差押をした。

(三)  しかるに、待寺の支配人と称する訴外棗主計夫は、待寺の原告に対して有する債権七二一、六八〇円を被告に譲渡したとして、昭和三〇年八月二五日附内容証明郵便をもつて原告に対しその旨通知し来り、ついで、同月三〇日、前記白瀬公証人をして本件公正証書正本に被告を承継人とする執行文を付与せしめ、待寺のした前記有体動産強制執行を承継した。

(四)  しかしながら、被告が、棗主計夫から譲渡を受けたという債権は本件債権ではない。仮に本件債権であるとしても、右棗は、すでに昭和三〇年七月一二日待寺与四馬から同人の支配人たる地位を解かれているので、被告に対し本件債権を譲渡した当時には支配人でなかつた。

(五)  従つて、いずれにせよ、本件債権が待寺から被告に承継された事実は存しないから、被告に対し付与された前記執行文もその効がないといわなければならない。よつて、右執行文に基く執行を許さない旨の宣言を求める。

三  請求の趣旨に対する答弁

請求棄却の判決を求める。

四  請求の原因に対する答弁及び主張

(一)  原告主張(一)、(二)及び(三)の事実は認める。

(二)  被告は、昭和三〇年六月二一日、待寺与四馬の支配人である棗主計夫から本件債権七二一、六八〇円を譲り受けたものである。右棗が待寺の支配人たることを解任されたのは、原告主張のように同年七月一二日であるから、右は被告が本件債権を譲り受けた後のことであり、しかも支配人解任の効果は将来に対してのみ発生するのであるから、右解任の事実は、本件債権の譲渡の効果に何らの影響を及ぼすものではない。もつとも、棗が、待寺の支配人として原告に対し本件債権譲渡通知を発したのは同年八月二五日であるけれども、元来待寺と棗との間の支配人選任契約(昭和二九年一〇月二〇日附)において、右契約を解除するには正当の事由があるとき合議の上これをなすことを得る旨の特約が附せられていたところ、待寺は右特約に違反し、何ら正当の事由がなく、又、棗との合意によることなくしてその支配人たることを解任したものであるから、右解任は無効である。従つて、右債権譲渡通知は正当な支配人のした行為であつて有効である。

(三)  仮に、右待寺のした解任が有効であるとしても、棗主計夫は、東京都下谷区竜泉寺町三一七番地の待寺の営業所の支配人として選任せられたものであるところ、その代理権消滅の登記がなされたのは、ようやく、昭和三〇年九月七日のことである。従つて、右解任登記前においては、待寺は、棗の代理権消滅をもつて第三者たる被告に対抗することができないというべきである。しかるに、棗は、右解任登記の前に本件債権譲渡通知をしたものであること前述のとおりであるから、同人の支配人たる地位の喪失にかかわらず営業主たる待寺にその効果を及ぼすものというべきである。

五  右に対する原告の反論

(1)  支配人の選任は、独り雇傭契約のみならず、委任契約をも包含するものであるから、その解任については民法第六五一条の規定の適用があるが、その権限の広汎な点を考慮するときは更に株式会社の取締役に関する商法第二五七条の規定を準用すべく、特約をもつて告知権を制限することを許さず何時にても解任しうるものといわなければならない。従つて、被告主張のような特約があつたとしても、営業主は随時支配人を解任するにつき何らの拘束を受けない。ただ、特約に違反して解任したことにより、営業主において損害賠償の義務を負担しなければならない場合が存しうるけれども、右は自ら別個の問題である。されば、特約に違反したことを前提として解任が無効であるとする被告の主張は理由がない。

(二) 仮に、待寺において棗を解任するにつき被告主張の特約に拘束されるものと解するとしても、支配人は、営業主の高度の信頼に基いて選任せられ、善良なる管理者の注意をもつて事務を処理し、営業主の請求があればもちろん、請求がなくても随時事務処理の状況を報告し、又、ある事務が終了した場合には、遅滞なくそのてん末を報告する義務を負うものである(民法第六四四条、第六四五条。なお待寺と棗との間の支配人選任契約においても、毎月一回事業の状況及び金銭収支について報告をなし、緊急の場合には随時報告をなすべき旨の約定が存した。)しかるに、棗は、本件公正証書を作成したこと、これに基いて強制執行をしたこと、本件債権を譲渡したこと等を待寺に報告せず、金銭収支の状況についても報告を怠つた。そこで、待寺もやむなく昭和三〇年七月一二日棗を解任したしだいであつて、右解任は何ら被告主張の前記特約にていしよくするものではない。

(三) 棗は、青森市大字古川字柳川一七番地の待寺の営業所における支配人として選任せられていたものであるが、前述のとおり、昭和三〇年七月一二日解任せられ、同日、青森地方法務局においてその旨登記を了した。よつて、その後において、棗のした本件債権譲渡通知は、支配人でない者のした通知であつて無効であり、被告は、右債権の取得をもつて債務者たる原告に対抗することができない筋合である。

もつとも、棗が、東京都下谷区竜泉寺町の待寺の営業所における支配人に選任せられたとしてその旨登記がなされ、その解任登記は昭和三〇年九月七日にはじめてなされた事実はこれを認めるが、待寺は、棗を右営業所における支配人に選任したことがなく、その登記は、棗が無断でしたことであつて、実体関係を欠く虚無の登記であるから、何らの効力を生ずるものではない。仮に百歩を譲つて、右が有効な登記であるとしても、元来、支配人は、営業主がこれを置いた本店又は当該支店の営業についてのみ代理権を有するのであつて、当然には営業主の営業全般について代理権を有するものではない。従つて、青森市の営業所における支配人たる権限が消滅し、その登記があつた以上、本件債権譲渡通知は非支配人によつてなされた無効の通知というべきであり、東京都下谷区の営業所における支配人登記が抹消されずにあつたとしても、右通知をもつて支配人のなした行為として原告に対抗することはゆるされない。

六  証拠≪省略≫

理由

一  原告が、訴外待寺与四馬に対して負担していた商品代金債務七二一、六八〇円につき、昭和二九年五月二一日青森地方法務局所属公証人白瀬潤治郎をして第一七、七三五号債務承認及履行並に信託譲渡担保其他契約公正証書を作成せしめ、同公正証書において、右代金債務を承認し、これに基き、強制執行を受くるも異議なき旨記載せしめたこと、待寺が右公正証書の執行力ある正本に基き、昭和三〇年七月二日青森地方裁判所執行吏木村長之助に委任して原告所有の有体動産に対し差押をしたこと、訴外棗主計夫が、待寺の支配人として、待寺の原告に対する債権七二一、六八〇円を被告に譲渡したとして、同年八月二五日附内容証明郵便をもつて原告に対しその旨の通知をなし、ついで、同月三〇日、前記白瀬公証人をして右公正証書正本に被告を承継人とする承継執行文を付与せしめ、待寺のした前記有体動産強制執行を承継したこと、以上の事実は当事者間に争がない。

二  原告は、被告が待寺の支配人と称する棗から譲渡を受けた債権は本件債権ではないと主張する。

しかしながら、成立に争ない甲第一号証中債権譲渡売買契約書、同第二号証の一、二、乙第一三号証に証人棗主計夫、同太田一男の各証言を綜合すれば、棗主計夫は、昭和三〇年六月二一日待寺与四馬の支配人として本件債権を他の債権二口とあわせて被告の代理人たる太田一男に三〇〇、〇〇〇円で譲渡し、右譲渡契約に基き、前認定のように、同年八月二五日債務者たる原告にあてて債権譲渡通知を発したものであることを認めることができ、右認定を動かすに足りる証拠はない。しかも、棗から原告に対する右債権譲渡通知書(甲第二号証の一、二)の記載は、若干不正確のきらいはあるにしても、原告をして、棗と被告との間に本件債権について譲渡があつたことを了知せしめるに充分なものであると認められる。原告の右主張は理由がない。

三  次に、原告は、本件債権の譲渡は、棗が待寺の支配人としてこれをなしたものであるところ、同人は、昭和三〇年七月一二日、待寺によつてその職を解かれたものであるから、右譲渡及びその通知は何ら権限のない者がした行為であつて無効であると主張する。

成立に争ない甲第四号証の一、二、乙第一号証、同第四号証、棗証人の証言によつて成立を認める乙第三号証、同第五号証の一、二及び前出棗、太田両証人の証言ならびに弁論の全趣旨を綜合すれば、待寺は金融業を営む者であるが、昭和二九年五月頃から棗と相知るにいたり、同年一一月二〇日同人を神奈川県葉山町の本店、青森市大字古川字柳川一七番地及び東京都下谷区竜泉寺町三一七番地の各出張所における支配人に選任したこと、右支配人選任契約に基き、棗が昭和二九年一一月二五日青森地方法務局において、更に、同三〇年三月八日東京法務局日本橋出張所において各支配人選任登記をなしたこと、その後同年七月九日待寺は棗に対し支配人を解任する旨通知した上、同月一二日青森地方法務局において、更に、同年九月七日東京法務局日本橋出張所において、各支配人解任の登記をしたことを認めることができる。

右認定に反し、東京都下谷区の出張所においては棗を支配人に選任したことがない旨の証人待寺与四馬の証言は乙第三号証に対比しにわかに信用することができず、他に右認定を動かすに足りる証拠はない。しからば、被告に対する本件債権の譲渡は、棗が解任される前である昭和三〇年六月二一日になされたものであるから、当然営業主たる待寺に効力を及ぼすというべきであるけれども、右譲渡が債務者たる原告に通知されたのは棗の解任された後である同年八月二五日であるから、右通知行為は債権譲渡人によつてなされたということができず、その効力を生じないといわなければならない。従つて、被告は本件債権を譲り受けたことをもつて債務者たる原告に対抗することができないのである。

(イ)  これに対し、被告は、待寺と棗との間の支配人選任契約においては、正当の事由がある場合に合意によつてのみ支配人を解任しうる特約があつたにかかわらず、待寺は何ら正当の事由なく且つ合意によらずして棗を解任したのであるから、右解任は無効であると抗争する。

よつて審究するに、前出乙第三号証によれば、右支配人選任契約において被告主張のような特約がなされたことを認めるに充分である。しかして、右特約は民法第六五一条の規定(支配人の解任につき適用があること疑ない。)に基く自由なる告知権を制限しようとしたものであつて、支配人を解任するにつき双方の合意と正当なる解任事由の存在とを要請したものであること疑ない。しかしながら、支配人の権限のきわめて広汎なること及び営業主との間に高度の信頼関係の存することがその地位の存続の前提となつていることに鑑み、正当の解任事由あるにかかわらず営業主の一方的意思表示により支配人を解任することを禁止するような特約は無効であると認めなければならない。従つて、被告主張の右特約は、支配人解任につき正当の事由の存することを要求した限度においてのみ効力を有するものというべきである。しかして、ここに正当の事由とは、選任当時とは事情に変更を生じ、あるいは、やむことを得ざる事情の発生したることをいうと解するのを相当とする。

原告は、前示特約は全部無効であつて、支配人は株式会社の取締役に準じ何時にても解任しうるものであると主張しているけれども、営業主が自由なる告知権を特約により制限し、正当なる事由ある場合にのみ解任しうるものとする如きは、当事者の意思に委ねられたところでこれを妨ぐべき理由を発見し難くいわんや現行法上支配人の解任につき商法第二五七条の規定を準用しうべき何らの根拠がない。原告の右主張は採用できない。そこで進んで、本件における棗支配人の解任につき正当の事由ありや否やを考察するに、第三者の作成に係り真正に成立したものと認める乙第一〇号証の一、成立に争ない同号証の二、前出棗証人、待寺証人の各証言を綜合すれば、待寺は、昭和二九年一一月前述のとおり棗を自己の支配人に選任したけれども、日ならずして両者の間に感情の疎通を欠くにいたり、棗は、翌三〇年三月頃から支配人としての管理の状況の報告を絶つにいたり、更に同年四月にはほとんど絶縁状にもひとしい書信を待寺にあて送付したこと、その後棗は待寺に無断本件債権を譲渡し本件公正証書を作成したにかかわらず待寺に対しては何らの報告をせず譲渡代金も自己の手許に保留していたこと、その結果両者の関係はますます悪化し待寺は棗を解任するにいたつたこと等の事実が認められる(このように両者が疎隔を来したのは、乙第一〇号証の一(書簡)によれば、待寺が棗の就任以来給料立替金等を支払わなかつたことに起因するように見える。その真相が果して然るか否かは右一片の書信のみからはしばらく断定しがたいところであるが、仮に立替金等の不払があつたとしても、これに対しては又相当の法律上の手段方法を講ずべきで、支配人が営業主の債権をほしいままに他に譲渡しその代金を着服することが許されるべき理由がない。)。このように、営業主と支配人との間に架橋すべからざる深溝が横たわるにいたつた以上待寺としては棗を解任するにつきやむことをえない理由があつたものというべきであるから、右解任が無効であるということはできない。

(ロ)  更に、被告は、右解任が有効であるとしても、その登記は、東京法務局日本橋出張所において昭和三〇年九月七日にいたりはじめてこれをなしたのであるから、右登記前においては営業主たる待寺は代理権消滅の事実を第三者たる被告に対抗することができず、その結果、棗のした本件債権譲渡通知は譲渡人の支配人のした通知として有効であると主張する。

しかしながら、支配人は、本店又は支店ごとに置かれるものであつて、一支店において支配人たる地位を喪つた以上、他の支店において依然支配人たる地位を有していたとしても、当該支店においては、もはや適法に支配人として行動することができないことはいうまでもない。そして、上来認定の事実関係に照すときは、本件債権の譲渡通知をなすことは、他に特段の事情の認められない本件においては、青森出張所の業務に属すると認むべきところ、同出張所における棗支配人の解任登記が右譲渡通知に先だつてなされたことは前示のとおりであるから、営業主たる待寺は解任登記のなされたときから右解任の事実、従つて本件債権譲渡通知が非支配人によつてなされたことをもつて第三者に対抗することができるのであつて、東京都下谷区の出張所における支配人登記が抹消されないまま残つていた事実はこれに対して何らの影響を及ぼすものではない。よつて、被告の右主張も採用できない。

四  以上のような次第で、被告は、本件債権の譲受をもつて原告に対抗することができないから、本件債権が被告に承継されたことを前提として付与された本件執行文はその効力を有しないといわなければならない。

よつて、原告の本訴請求を正当として認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、強制執行停止決定の認可及びその仮執行の宣言につき同法第五六〇条、第五四七条、第五四八条の各規定を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐々木次雄 裁判官 宮本聖司 右川亮平)

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